Valuationの実務

DDで検出されたリスクをどのようにValuationに反映させるか?

2026.02.09

デューデリジェンスプロセスにおいて検出された事項を、Valuationや契約条件にどう落とし込むかこそが、M&Aアドバイザーにとって極めて重要なスキルです。まずは基本的なValuationへの反映パターンを説明します。

1.ネットデットとしての処理(BS Approach

これは、株式価値(Equity Value)を算出する際、企業価値(Enterprise Value)から直接マイナスする項目として扱う方法です。財務DDや法務DDで見つかった「現金流出が確実視される負債類似項目(Debt-like items)」がこれに該当します。主な項目例は以下になります。

労務関連の潜在債務: 未払残業代、社会保険料の未加入・遡及納付リスク
引当金不足・簿外債務: 退職給付債務の積立不足、資産除去債務(ARO)の未計上、製品保証引当金の不足
デットライクな未払金: 設備投資に係る未払金、未払配当金、和解金等の未払分
運転資本調整: 正常運転資本(Target Working Capital)を下回る場合の差額調整

【効果】 買収価格(株式対価)がダイレクトに減額されます(1円の負債=1円の価格減)。

2.正常収益力(EBITDA)への調整(PL Approach

事業計画やマルチプル法(類似会社比較法)の基礎となるEBITDAを修正する方法です。EBITDAは正常化調整(Normalization)やプロフォーマ調整を経て、「買収後に継続する真の実力値(Stand-alone EBITDA)」を算出します。主な項目例は以下になります。

オーナー関連費用の排除: 役員報酬の適正化(市場水準への調整)、私的な交際費・車両費・保険料の除外、親族への給与(実態が伴わない場合)
非経常的な損益の除外: 本社移転費用、過年度修正損益、M&A関連費用、一時的な為替差損益
会計方針の修正: 賃借料の調整(オーナー個人所有不動産の賃料が市場価格と乖離している場合)、修繕費と資本的支出(CAPEX)の区分見直し

【効果】 評価倍率(マルチプル)を掛け合わせる前の基礎数値が変わるため、企業価値全体に大きなレバレッジ効果(影響)を与えます。


3.事業計画・キャッシュフローへの反映(DCF Approach

DCF法において、将来のフリーキャッシュフロー(FCF)予測にDD結果を反映させる方法です。BSやPLの過去修正ではなく、「買収後に発生するコストや変動」を織り込みます。主な項目例は以下になります。

PMI(統合)コスト: 経理・ITシステムの統合・刷新費用、内部統制強化(監査対応等)に伴う管理部門の人件費増
設備投資(CAPEX)の適正化: 老朽化設備の更新投資、法令対応(消防法・環境規制等)に必要な改修工事費用
事業計画のストレスダウン: 主要顧客との契約解除リスクに伴う売上減、調達価格上昇の未転嫁分、楽観的なシナジー効果の剥落

【効果】 将来の現金創出能力を厳しめに見積もることで、現在価値を引き下げます。

Valuation反映における実務上の留意点】

上記のような基本的な分類に加え、実際にバリュエーションモデルを回し、相手方と交渉する際には、さらに以下のような高度な視点が求められます。実務で良く見られる「4つの落とし穴と対策」は以下になります。

1.ダブルカウントリスク

最も起こり易いミスが、一つのリスクを複数の箇所でマイナス評価してしまうことです。
例えば、工場の老朽化による修繕投資が必要という検出事項に対し、a)将来の修繕費として事業計画PLのコストを増加、b)Capex項目として修繕投資を積み増すといったことが起こる可能性があります。
この場合、1と2を同時に行うと二重に価格を下げていることになります。CFで織り込むのか、PLで織り込むのか、どちらか一方を選択し、論理的一貫性を保つ必要があります。

2.割引率(WACC)への反映は困難

DDで不確実なリスクが見つかったから、割引率を上げて(=リスクプレミアムを乗せて)評価を下げるという方法はありますが、これは実務上、合意形成が非常に困難です。理由はリスクプレミアム+2%などの根拠を定量的に説明することが難しいため、売り手側の納得を得にくいためです。可能な限り、割引率のような抽象的な指標ではなく、「売上が○%下がる」「費用が○億円かかる」といったCFの調整でリスクを表現する方が、議論の透明性が高まります。

3.Valuationで調整できないリスクは契約条項へ

全てのDD検出事項が金額換算できるわけではありません。「発生確率は低いが、起きたら甚大」といったリスク(偶発債務など)は、Valuationで調整しようとすると交渉が決裂します。
こうしたリスクは価格交渉の土俵から外し、SPAにおける「表明保証条項」や「特別補償条項」で手当てするのが定石です。「価格は下げないが、万が一そのリスクが顕在化したら売り手が補填する」という仕組みでリスク分担を図ります。

但し、セルサイドがPEファンドの場合は注意が必要です。ファンドには償還期限があり、Exitで得た資金は速やかに投資家へ分配する必要があります。一度分配した資金を、数年後に発生した補償請求のためにLPから回収することは実務上不可能です。 そのため、ファンドは売却後の偶発債務リスクを負わないクリーン・エグジットを強く志向し、長期の補償期間や高額な補償上限を受け入れられない制約があります。そのため、基本的にはValuationに織り込むか、織り込めない場合は表明保証保険の活用を検討します。

4.PMI(統合)コストの見落とし

DDは「過去と現在」を見る手続きですが、Valuationは「未来」の価値です。例えばDD報告書にシステムが脆弱と書かれていた場合、それは単なる弱点ではなく、「買収後に新システム導入コスト(数千万円〜数億円)がかかることを意味します。PMIコスト(統合費用)」として具体的に見積もり、DCF法における一時費用や投資キャッシュフローに確実に織り込むことが、高値掴みを防ぐ防波堤となります。

5.モデル説明責任と利害関係者対応

FAあるいはValuatorは、買い手・売り手双方に対して、Valuationモデル内でのDD反映方法の論理と根拠を説明する責任があります。特に感度の高い調整については注釈やシナリオ分析で補完します。DD検出事項の不確実性を踏まえて、楽観/ベース/悲観の複数シナリオで価値を算出し、意思決定支援資料として提示することが望ましいと思います。

まとめ

DD検出事項のValuationへの反映は、機械的な作業ではなく、高度な判断が求められるプロセスです。
 1. ネットデット(BS)で落とすか
 2. 正常収益力(PL)で調整するか
 3. 将来キャッシュフロー(CF)に織り込むか
 4. 契約でディフェンスするか


この4つの引き出しを適切に使い分け、売り手・買い手双方が納得感を持てるロジックを構築することこそが、M&Aバンカーおよびアドバイザーの重要な役割になります。


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